映画のはなし

観た映画のメモ

「星になった少年」を観た

あまり邦画は観ないけど、映画好きを語りたいなら邦画も観ないと。

友達が小学生の頃に観て泣いたといって、お薦めしてくれたのが今回の映画。

自他共に認める、あんまり感動しない友達が泣いたという「星になった少年」。

 

以下荒々しくあらすじ。

学校でいじめにあっていた哲夢(柳楽優弥)だったが、両親が経営する動物プロダクションが購入した仔ゾウのランディと出会い、象使いになりたいと願うようになる。そして哲夢はタイのゾウ訓練センターへ留学するが……。

(解説・あらすじ - 星になった少年 Shining Boy & Little Randy - 作品 - Yahoo!映画より

2015.11.14現在)

 

実話というのがポイントだろうか。「こんなことがあったんだなあ」って思うと

心温まる一方で、悲しくもなった、まあつまり、感動した。残念ながら友達が泣いたと言うほどには泣けなくて、この映画に対する友達の感受性の豊かさに嫉妬したんだけど。

 

とっても好きだったのが、主人公哲夢のこのセリフ。

「ゾウさんたちはお互いの気持ちをとっても上手に伝え合っています。僕は人に気持ちを伝えるのも、人の気持ちを感じるのもすごく苦手です。だから僕はゾウさんになりたいと、たまに思うことがあります。」

 

哲夢がゾウ使いになって、日本で初めてのゾウ使いのショーを行う、その開幕の挨拶の時に言った言葉だ。

 

人とのコミュニケーションが上手くいかない苦しみは分かるし、もっと分かるのが、”人よりも”上手くコミュニケーションができない苦しみ。コミュニケーションに限らず、周りが当たり前にできてることが自分にはできない、っていうのはまた違った苦しみなんだよね。哲夢は他の子とはちょっと違う少年として描かれていた。哲夢本人は、そういう’違いの自覚’をずっとずっと抱えていたんだ。それでも、うーん、何というか、前を見て生きてきているんだよね。そのセリフに耳を傾けながら「人との気持ちの通じ合い難しいよね、でも、まだまだ頑張ってみようかな」とかなんとか思ったら、なんか涙が出てきたよ。

 

でもね、僕たちはゾウさんではない。人間なんだ。僕たちは通じ合わない部分もあるけど、もしかしたらゾウたちが通じ合えない部分を、上手に通じ合えているのかも知れない。そんでもって何よりも、僕たち人間は、お互い上手く通じ合えないこと自体を楽しんだり、そこに味を見出したり、おもしろがったりしてることもある。通じ合えないからこそおもしろいんじゃないか、ってことが沢山ある。恋愛とかさ、相手の気持ちが全部分かっちゃったら全然おもしろくないんじゃないかな。

 

ということで、人の気持ちが分からなかったり、人に気持ちが伝わらなかったりすることは辛いけど、そういうのも含めて、いやむしろそういうのがあるからこそ、やっぱり僕は人間であることを嫌いにはなれないなあ、と思った今回の映画でした。